静岡県浜松市出身。早稲田大学第一文学部入学を機に東京へ。のちに妻と3人の子どもとともに埼玉県所沢市で暮らす。2011年『黒猫の遊歩あるいは美学講義』で第1回アガサ・クリスティー賞を受賞して小説家となり、家族とともに埼玉県から香川県高松市に移住。(背後に見えるのは長女の書棚)
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妻が探し続けた理想の地 住み良さと自然がひとつに
森晶麿さん:高松市在住・2012年移住・30代
深遠な世界をもって華麗に謎を解く推理小説でデビューした森晶麿さん。移住後、ご自身や家族をとりまく環境の変化について、独特の思考を巡らせながら語っていただきました。
「海を越えて」たどり着いた広い家
アガサ・クリスティー賞を受賞して、小説家として食べていけそうだと思ったころ、妻が「場所を選ばない仕事をしているんだから、どこかに引っ越して広い家に住みたい」と言い出しました。当時は埼玉県所沢市にある3LDKのマンションに家族5人で暮らしていて、少し手狭に感じていたのです。僕としては、自室とパソコンがあれば小説が書けるので、すべて妻に任せることにしました。
僕が部屋にこもって黙々と仕事をしている間に、妻はインターネットを駆使して家を探しまわり、ようやく条件に合う賃貸住宅を見つけました。真面目な顔で「海を越えてもいい?」と聞いてきたので、とうとう海外で暮らすのか・・・と思っていたら、海は海でも瀬戸内海を渡って四国の香川県に来たわけです。
引っ越し当日、車に揺られてこの家に到着し、僕はすぐさまパソコンを接続して小説を書きはじめました。
息子が明るく積極的に
香川に来てからも僕自身の行動は移住前と変わらず、自室で仕事をして、たまに近所のスーパーまで自転車を走らせます。ところが、同じ生活サイクルでも環境が違うと見えるものが変わって楽しいです。買い物に行く途中に近所の川でサギを見るなんて、ここに来るまでは考えられませんでした。その川ではたまにカメが数匹、身を寄せ合ってひなたぼっこをしているんですが、僕が近づくと足音に驚いてバババッと逃げていくんです。ノロマなはずのカメがものすごい速さで。
僕が外に出る機会はあまりないので、家族の様子をみて「香川に引っ越してきてよかったんだな」と感じることが多いです。
例えば、息子はどちらかというと引っ込み思案な子でしたが、香川で剣道を習いはじめてから性格ががらりと変わり、明るく積極的な子になりました。僕が新鮮に思ったのは、上級生が当たり前のように下級生の面倒をみていること。首都圏にいると、多少なりとも、子ども同士の駆け引きみたいなものがあるのですが、香川に来てからは素直な友達に恵まれて息子も気が楽になったようです。
シンプルで無駄がない「うどん県」
香川の人は竹を割ったように素直で裏表のない性格だから、付き合いやすいなと思います。僕はもともと人付き合いが苦手なのでそれほど外に出ませんが、妻がママ友や近所の人たちと話す様子から居心地のよさが伝わります。週に数回、妻は近所の子どもたちを自宅に招いて英語を教えているのですが、これも自然な流れで周囲の求めに応じて始めたこと。同じ部活動の保護者同士で子どものお迎えをやりくりするなど毎日忙しそうですが、いきいきしていますよ。
僕が住む高松市は、ちゃんと機能しているミニマル都市だと思います。必要なものや情報が過不足なく揃っていて、さらに買い物途中にサギを見るといった都心部にはない経験もできます。人が素直なのも余計なことを考えないから。シンプルで無駄がない。まるで、うどんのように。そういった深い意味も含めて『うどん県』なんじゃないかと思っています。たまに県外に行くと、帰った途端にうどんが食べたくなるのですが、無意識に「リセットしてシンプルな自分に戻ろう」としているのかもしれません。
香川の人たちは謙虚だし、この土地の素晴らしさが当たり前になっているのもあって、それをすべては外に発信しきれていないのではないでしょうか。僕のように場所を選ばない仕事をしている人がたくさん移り住んでその良さを県外に伝えれば、もっと香川の価値を広められるんじゃないかと思います。